最高裁判所第三小法廷 昭和26年(オ)281号 判決
原審は逓信大臣は上告人が軍事裁判によつて処罰されたことを原因として本件懲戒処分をしたのではなく、右裁判において認定された事実を認定しその事実を原因として懲戒処分したのであると認めたこと原判文上明かであり、論旨第一、二点は結局原審の右認定を非難するに帰し「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものとは認められない。(原審の事実認定に違法はない。)
そして周知の如く日本は無条件降伏をしたのであつて、国民は連合国の命令を誠実に遵守しポツダム宣言の条項を履行しなければならない立場に置かれて居たものである。この義務は一般私人にも増して官庁の職員は強く履行しなければならない。降伏文書第五項は一般国民に対するものとは別に特に官庁の職員に対して、最高司令官の命令を遵守すべき旨を命じて居る。そして国民として殊に官吏として連合国軍の命令を遵守しないことはひいては占領状態から解放されない原因ともなるのであり、(ポツダム宣言第十二項)当時国民は皆速に連合国の信用を恢復し一日も早く占領状態から免れることを強く希望した時であるから官庁職員の前記の様な行為は懲戒令第二条第二項に該当するものといわなければならない。なお連合軍の命令に関する事項は超憲法的であるから(昭和二四年(れ)第六八五号同二八年四月八日大法廷判決参照)憲法第二八条に関する論旨は理由がない。以上に説示した点に関する以外の論旨は総て前記法律一号乃至三号及び法令の解釈に関する重要な主張に該当しない。
よつて民事訴訟法第四〇一条、第九五条、第八九条に従い裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判官 井上登 島保 河村又介 小林俊三 本村善太郎)
上告代理人弁護士青柳盛雄、同小沢茂、同佐々木茂の上告理由
第一点
判決は乙第一ないし第三号証、第六ないし第八号証を綜合して、逓信大臣が単に上告人らが軍事裁判所において処罰を受けたという事実を理由として本件懲戒を行つたものではなく、上告人らがかかる処罰の対象とされるような行為をしたという事実を認定し、その行為が官吏懲戒令第二条第二号に該当するものとして本件懲戒処分を行つたものであると判断している。
しかし、原判決のかかる認定は明らかに当事者の主張を無視し、被上告人の明白な事実に関する自白に眼を蔽い故らに客観的事実を歪曲し、裁判所の独断によつて虚構の事実を認定した違法を犯しているものといわなければならない。すなわち原判決も自認しているように被上告人らは軍事裁判所の事実認定が官吏懲戒手続について、日本の行政官庁を拘束するものと解釈し、自ら何ら自主的に独自な判断を行うことなく上告人らが軍事裁判所において処罰されたという事実を基礎とし、これを理由として本件懲戒処分を行つた旨を自白しているのであり、原判決もまた当時の逓信大臣に於て本件懲戒処分をなすに当りかかる誤解を抱いていたことを間接的に認めているのである。換言すれば当時の逓信大臣は自ら蒐集した資料によつて上告人らが軍事裁判所において処罰の対象とされたような行為を行つたかどうかを自主的に審査した事実は全く皆無であり、ただ上告人らが特定の行為を理由に処罰されたという事実(すなわち軍事裁判所の判断の結果)のみを認定したにすぎないことは記録上一点の疑義を挾む余地がないほど明瞭であつて、原判決の前記認定は全く「空中楼閣」的な作文にしかすぎない。けだし軍事裁判所の事実認定が日本の行政官庁を拘束すると固く盲信している者がこれとは別個の立場から「事実認定」をするなどということは理論上到底考え得られないからである。
第二点
原判決は軍事裁判所の事実認定は日本の行政官庁を拘束するものではないことを認めながら、本件懲戒処分においては「前記認定の如く懲戒処分の原因たる事実が前掲乙号各証によつて十分認定し得られる」からたとえ処分者において誤解があつたとしても本件処分の効力に影響を及ぼさないと判断している。
しかし、これは本件において自主的に事実の有無を判断しても、けつきよく軍事裁判所と同一の結論に達し得られるから、かりに誤解に基いて自主的に判断しなかつた当時の逓信大臣に過誤があつたとしても、結果的に見ればその処分は妥当であり、違法、無効とすることができないという趣旨であろうが、もしそうだとするならば原審は本件訴訟において強く争われている事実(すなわち軍事裁判所において処罰の対象とした行為)を漫然と(原判決の引用によれば)乙第一ないし第三号証、第六ないし第八号証によつて認定したことを意味し、かかる事実認定の仕方は実質的には何ら自主的なものではなく、軍事裁判所の結論をそのまま受け容れたにすぎないことを暴露している。けだし、右乙号各証は当時の逓信大臣が本件懲戒処分を行うに当り参考にした書類にすぎず、しかもそれは同大臣が自主的に事実認定をするために用いたものでないことは前に述べた通りであるからである。もし原審が真に軍事裁判所の事実認定が日本の行政官庁を拘束しないと信じているとすれば、本件において当然自ら証人その他について事実の審査を行うべきであるに拘らず、これを行わずただ言葉の上だけで自主的に判断したように見せかけているにすぎない。すなわち軍事裁判所の事実認定が日本の行政官庁を拘束することを表面上は否認しながら裏においてはこれを認めているのでないとするならば、明らかに審理を尽さない違法があるものといわなければならない。証拠の判断は原審の官憲に属するところであるなどというのは、本件のように事実の有無について何ら自主的に直接審理を行わない事案には当てはまらない議論である。
第三点
原判決は連合国官憲の命令に対して日本の官憲及び私人は誠実且つ迅速に服さなければならない旨を指令されているから、その命令に服さないことは違法であるとの立場をとつている。
しかし本件懲戒処分の適法か違法かを判断するのは日本の国内法上の問題であつて、連合国官憲の命令に服しないことが軍事裁判において違法と認められるとしてもそれが当然に日本の行政官庁或いは裁判所を拘束するものでない以上、日本の国家機関は独自の立場においてそれが日本の国内法上果して違法か否かは別の観点から自主的に判断されなければならない事項である。原審はこれを混同し、連合国官庁の指示の最終解釈権が発令官憲にあることを理由に漫然と軍事裁判所において違法と認められたものは当然に日本の国内法においても違法と認めなければならないものと盲断している点において重大な誤りを犯しているものといわなければならない。
第四点
原判決は上告人らが連合国官憲の命令に服しなかつたことは占領下の日本政府の官吏として「官職上ノ信用」を失うべき行為に該当すると判断している。
しかし、かりに上告人らが連合国官憲の命令に服しなかつたという事実があつたとしても、それは日本政府の官吏として、その命令に服すべき職務上の義務に背いたものではなく、公務員労働者としての立場においてポツダム宣言極東委員会の十六原則、日本国憲法に保障された労働組合活動を遂行する過程において、これを相容れない行為を命じた指令に従わなかつただけのものである。従つて上告人らが日本政府の官吏であつたということは問題の本質から見るならば単なる偶然的事実にすぎず、労働者としての行動をとらえ「官職上ノ信用」を云為することは論理の飛躍といわなければならない。すなわち労働者としての立場において命令に違反することと、官吏として職務上の規律に背くこととは全然異つた概念であり、公務員としての適格性に何らの影響を及ぼすものでもない。いわんやこれを以て、懲戒を行う何らの合理性も存在しない。
この点において原判決は私人としての義務と公務員としての職務とを混同した違法を犯したものであり、しかもその根源は憲法第二八条の労働者の権利を正解せず、労働組合活動の自由が連合国官憲によつて制限されたばあいにこの制限に従わない者は日本国内法上懲戒に値するものと盲断した点に潜じているのであつて、不当であり不法である。 以上